2012年04月14日

目には見えないけれど大切なもの (自然を想う日本のこころ) 神社本庁しおりより記載

神社庁のしおりより

目には見えないけれど大切なもの
(自然を想う日本のこころ)

神話
天地初めのとき、高天原に天の神様が現れました。この神様は生命を生み育てて行く力を持っていました。続いて多くの神様が現れ、男女の神・イザナギノミコトとイザナギノミコトが現れました。
天の神様は二柱に向かい、国土を作り固めるように命じます。イザナギノミコトとイザナギノミコトは結婚し、本州をはじめとする八つの島々を生みました。
やがて二神は海、川、山や木の神、野の神たちを生んでいきます。
こうして誕生をした日本の国土は、男女の神様の結婚により生まれた神聖な国土です。
日本神話は、国土も自然も、そして神々の子孫として語られる人間も、すべて「神が生んだ子どもたち」であると伝えており、このことからも日本人が国土だけでなく、あらゆる自然も二柱から生まれた「同胞=はらから」とみなしてきたことがわかります。(右1項)


はじめに
 日本は四方を海に囲まれ、国土の約7割を山地が占める島国です。天から降った雨水は山に蓄えられ、やがて川となってさまざまな地形を形成し、大地を潤しながら海に注いでいきます。そして豊饒(ほうじょう)な大地は私たちに大いなる実りを与えてくれます。
 そうして、私たち日本人は四季折々の豊かな自然から何かを感じ、恵みに感謝し、あらゆるものに神様が宿るとして敬い、尊んできたのです。(左2項)



 山には、人間が住む里にはない神秘的な力が宿っていると考えられてきました。
 古代の人々は、岩や石、木々や草の葉までが言葉を話していたと感じていたようです。これは草木にもいのちが宿っているという日本人の感性に由来するものです。
 樹木には神さまが宿ると信じられ、神さまの宿る木々を切ることは固く戒められていました。そうした先祖のこころが樹木を育て守り、やがてうっそうとした森となりました。
 その昔、私たちの祖先は山に入ってシカやイノシシ、木の実や山菜などを取って暮らしていました。山には多くの神々が宿り、「山の幸」といわれる神々のめぐみをいただいていたのです。
 ですから山に入るときは、山の神さまにお供えをし、お許しをいただくことを忘れませんでした。

◎神様から生まれた木
 樹木は神さまのからだから生まれたと伝えられています。スサノオノミコトのひげがスギに、胸の毛がヒノキに、尾の毛がマキに、眉毛がクスノキになりました。やがてスサノオノミコトの子どもたちは、木の種を日本全国にまいていき、森を育てていったのです。
 樹木の神はククノチ、草の神はカヤノヒメ・・・。日本人は一本の木、一本の草にも神さまのめぐみを感じ、大切にしてきたのです。

◎門松でお出迎え
 祖先の霊は山に静まるという考えがあります。祖霊はお正月に山をおり年神さまとして、子孫を訪れます。
 山に生えている松や竹を里に持ち帰り、松飾をつくり門口に飾ることで、年神さまの訪れを祈る・・・。私たちがお正月に門松を飾るのには、そんな大切な思いが込められています。(右3項)



 水がなければ生き物は生きてはいけません。しかも飲み水がなければ人間は生きていけません。日本はおいしい水にめぐまれています。
 山は私たちにさまざまなめぐみを与えてくれ、天から降った雨水を蓄えます。山の木々の豊かさが水を清らかにし、多くの栄養素を与えて美しい川の流れを作ります。
 浄化された水は、山を出ると急な斜面を滝となって流れ落ち、やがて川幅を広げゆったりとした流れとなって里をうるおします。
 里に暮らす私たちは、川から水を引いて田んぼや畑を作り、そこから得られためぐみは人々を養い、さまざまな動植物が生きてゆける環境を保ってきました。
 河口近くになると川幅はより広くなり、海へと流れ込みます。山で育まれた美しい川の流れは、海を豊かにしてくれます。山と海は川によって一つに結ばれます。

◎蛇口って?
 川の流れは、神さまの力によるものと考えられていました。山から勢い良く流れ出る水を神さまのめぐみとして受け取り、その水を引いて田畑をうるおし、豊かな実りを祈ったのです。
 水の神さまはミツハノメ。オカミ・・・。川の流れを、蛇の行くさまに見立て龍や蛇の姿で表現されます。
 水道の口を「蛇口」というのは、水の神が蛇の姿をしていたことによります。



 日本を取り囲んでいる豊かな海はたくさんのめぐみをもたらしてくれます。
 海の彼方には神々の住む美しい国があり、そこから寄せる波が豊かな「海の幸」を運んでくれると信じられてきました。
 海の幸をいただく一方で、航海や漁業の安全を守る神さまとして信仰されているのがワタツミ神やツツノオ神です。人々が海の神さまとして崇めるワタツミ神は山にも祀られています。それは古来海に生きる人々が、海の豊かなめぐみと、山のめぐみのつながりを感じていたからでしょう。船を操るには絶えず方向を確認する必要があり、目印となる山々は彼らにとっても大切な存在だったのです。

◎ウミガメの卵
 静岡や和歌山県、そして徳島の一部の浜では、アカウミガメが夏前に卵を産みにやってきます。浜の奥に産むか、海に近いところに産むかによって、台風が来るのか来ないのかがわかる、といういい伝えがあるそうです。アカウミガメは自然との何らかの感性の交流があるのでしょう。
 そうしたアカウミガメの持つ力を漁師の人々が大切にし、その環境を守ってきたことが、ウミガメを助けた浦島太郎の話のもとになったのかもしれません。(左4項)


自然を感じる心
 さまざまの虫のこゑにもしられけり 生きとしいけるもののおもひは (明治天皇御製)
 日本人の感性は日本語によっても育まれてきました。日本人にとって、自然界の物音はすべて言葉としてきこえるのだそうです。例えば虫の音は「虫の声」であって、情緒的に美しく聴こえ、季節感ややすらぎを感じ取ることができますが、西洋人には雑音にしか聴こえないといわれます。
 風の音や小川のせせらぎも言葉として受け止めてきました。全盲というハンディキャップをもつあるピアニストは、川沿いを散歩した折に聞こえたせせらぎが、「何かのささやき」に聞こえ、その「ささやき」を曲にあらわしたといいます。

 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる『古今和歌集』
 平安時代の歌人は、秋の訪れを風の音によって気づかされたと詠みました。「訪れ」とは「音連れ」であり、目に見えない心霊の動きを、音によって感じた古代人の完成から生まれた言葉といわれています。この古歌からも、神々の来訪を風の音など、自然のかすかな変化から感じ取ってきた日本人の豊かな感性が読み取れてきます。
 人間も自然の一部であり、ありとあらゆる自然に神さまを感じているからこそ、日本人は鳥や動物、虫の声などを、自然や神々からのメッセージとして、五感を通して感じてきたのです。(右5項)


むすびに
 古来、日本人は自然の中に神々の力を感じ、慎みと感謝の意を抱いて、自然と豊かなこころを育み生きてきました。しかし現在、近代的な生活様式や考え方の中で、その生き方が失われています。本当の豊かさとは、物質的な価値を求めるだけで得られるものではありません。地球規模の環境破壊が危惧されている今こそ、日本人が伝えてきた精神的な価値を、そしてこころの豊かさについて考えなければなりません。
 日本には至るところに「鎮守の杜(もり)」といわれる神社の森があります。何世代にもわたって私たちを見守り続けた神の森です。日々の喧騒を離れ鎮守の杜に佇むと、その静寂さに心が洗われ、清らかな気持ちになることでしょう。
 神さまの静まる森の中で、自然との関わりを見直し、自然と共生してきた日本人の感性を取り戻したいものです。
 目には見えないけれど、大切なものを感じるこころ・・・。


2012年4月参拝神社にて配布されている印刷物より
(右1項2012.4.9文字起こし)
(左2項2012.4.10文字起こし)
(右3項2012.4.11文字起こし)
(左4項2012.4.12文字起こし)
(右5項2012.4.13文字起こし)
(左6項2012.4.14文字起こし)
posted by ひよこ at 10:53| 神道関係 大切なものより | 更新情報をチェックする