2015年10月01日

大こくさま (歌、童謡)


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大こくさま ( 作詞/石原和三郎  作曲/田村虎蔵 )
一、大きな ふくろを かたに かけ 大こくさまが きかかると
   ここに いなばの しろうさぎ かわを むかれて あかはだか。
二、 大こくさまは あわれがり
  「きれいな 水に みを あらい がまのほわたに くるまれ。」と
   よくよく おしえてやりました。
三、 大こくさまの いう とおり きれいな 水に みを あらい
   がまの ほわたに くるまれば うさぎは もとのしろうさぎ。
四、 大こくさまは だれだろう おおくにぬしの みこととて
   くにを ひらきて よの人を たすけなされた かみさまよ。



出雲大社ホームページ
因幡の白兎(wikipedia)
大黒様 因幡の白兎 童謡・唱歌 - 世界の民謡・童謡
参考書籍 「日本のおはなし名作集5」より引用、掲載させていただきました。
※こちらのイラストは、オリジナルで作成しました。




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2015年09月01日

天つ罪、国つ罪(あまつつみ、くにつつみ)  あなたを幸せにする大祓詞より

 「安國と平けく知ろし食さむ國中(やすくにとたいらけくしろしめさむくぬち)」とは、祖神(おやがみ)の御心、天照大御神の御心と一つになるから安国が出現するのであります。このことは畏れ多くも皇御孫の命(天皇陛下)だけに求めるものではなく、私たち臣下も私たち自身の心の中にご鎮座している天照大御神、天つ神、天之御中主神と一つになって生きることが重要なのであります。君臣が一体となって天照大御神の大御心を実現することがわが国の統治の根本にあり、それが安国という理想現実に直結するのであります。
 しかしながら、その理想現実を担う元来神聖な存在であるはずの国民が、本来の天つ神の御心から離れ、自分自身の心が自我の異心(ことごころ)に覆われて、過ちを犯してしまうのです。
 その過ちは無意識的にする間違いもあり、悪いと知りつつする罪もあり、さまざまの種類があります。そして、それは天つ罪と国つ罪に大別することができます。平安時代に編纂されました『延喜式』に記載されている「大祓詞(おおはらえのことば)」には、天つ罪、国つ罪の詳細な内容が列挙されていますが、明治以降はそれが省略され、天つ罪、国つ罪という総括の名称だけが口唱され現在に至っております。
 天つ罪とは、須佐之男命(スサノオノミコト)が誓約(うけい)によって、その御心の清らかさが証明された瞬間、謙虚さを失い、その御心は再び傲慢の穢れた異心となり乱暴の限りを働きますが、その高天の原で犯した農耕を妨害する罪にあたります。次の八種類の罪です。

畦放(あなはち)、溝埋(みぞうめ)、樋放(ひはなち)、頻蒔(しきまき)、串刺(くしざし)、生剝(いきはぎ)、逆剝(さかはぎ)、屎戸(くそへ)。


「畦放(あなはち)」は、田の畦(あぜ)をとりこわすことです。これでは田圃(たんぼ)に水が入らなくなるので、稲をつくることはできなくなります。
「溝埋(みぞうめ)」は、畦と畦との間の溝を埋めることですから、これも田圃に水が入らなくなるので稲はできないのです。
「樋放(ひはなち)」。樋(とい)とは、雨水を集めて流す管で、この場合は、稲作のために山の谷などから田に水を引いてくるものなのです。それを取り放つのですから、水の調節ができなくなり、これも耕作が不可能になります。
「頻蒔(しきまき)」は、稲種を蒔いた他人の田圃の上に、さらにまた重ねて稲種を蒔くことです。これは初めに蒔いた稲と後に蒔いた稲の両方の生長を妨害するものです。
「串刺(くしざし)」は他人の田圃の中に竹の串を刺し立て、耕作人に怪我をさせて妨害することです。また、他人の田圃の境界に、境界を示す竹の串を立てて、他人の田圃を横領することだとも言われています。
「生剝(いきはぎ)」と「逆剝(さかはぎ)」。『日本書紀』によれば、須佐之男命は清らかな機屋(はたや)の屋根に穴をあけて、まだら毛の馬の皮を逆さに剥ぎ取って、穴から落としいれたので、機織女はこれを見て驚いて、梭(ひ)で陰部を突いて亡くなったとありますように、「生剝」とは動物の皮を生きながら剥ぐことです。普通皮を剥ぐときは、お腹を縦に割くそうですが、お尻のほうから剥ぐということは残酷な行為なのです。
「屎戸(くそへ)」とは、天照大御神が新嘗祭に新穀を召しあがる御殿に、須佐之男命が屎をまきちらしたことです。これは神聖なところを汚す罪です。

 以上が天つ罪です。すべて稲に関することで、耕作妨害、稲田横領、神聖なところを汚すことなどの罪です。稲は、天照大御神より賜ったものであり、私たちが生きて行くための「いのちのね」であります。その「いのちのね」である稲がとれなくなることは、祖神から賜った「いのち」を絶つことですから、天つ罪にあたるのであります。



 次に国つ罪とは、以下の十四の種類の罪事です。

生膚断(いきのはだたち)、死膚断(しのはだたち)、白人(しらひと)、胡久美(こくみ)、己が母犯せる罪(おのがははをかせるつみ)、己が子犯せる罪(おのがこをかせるつみ)、母と子と犯せる罪(ははとことをかせるつみ)、子と母と犯せる罪(ことははとをかせるつみ)、畜犯せる罪(けものをかせるつみ)、昆虫の災(ほうむしのわざはひ)、高津神の災(たかつかみのわざはひ)、高津鳥の災(たかつとりのわざはひ)、畜仆し(けものたおし)、蠱物為る罪(まじものせる罪)。

「生膚断(いきのはだたち)」とは、生きている人を斬ることです。また「死膚断(しのはだたち)」とは、死んだ人を斬ることです。わが国では、死者に鞭打つことは罪事なのです。
「白人(しらひと)」は、血族関係に有るもの同士の結婚によって、白子(肌の色が白くなる病気)が生まれること。
「胡久美(こくみ)」は、背中に大きな「こぶ」等ができることです。これらは、病気そのものを罪とするのではなく、それによって生じる汚れが、災いをもたらさないようにと祓うのです。
「己が母犯せる罪(おのがははをかせるつみ)」、「己が子犯せる罪(おのがこをかせるつみ)」、「母と子と犯せる罪(ははとことをかせるつみ)」、「子と母と犯せる罪(ことははとをかせるつみ)」等と、くどいように同じようなことを述べていますが、これらは全て倫理にそむく行為であり、人間として絶対にして犯してはならない罪だからであります。姦淫の罪を祓えの中でも最も重大と見ているのです。
「畜犯せる罪(けものをかせるつみ)」は、これも倫理に反するもので、人間としてあるまじき行為です。なお、ここでの「けもの」とは獣の意味ではなく、家庭で飼っている犬、鳥、牛、馬などをさします。
「昆虫の災(ほうむしのわざはひ)」は、蛇や百足など地上をはう動物によってもたらされる災禍です。
「高津神の災(たかつかみのわざはひ)」は、雷など高い空からもたらされる災いです。
「高津鳥の災(たかつとりのわざはひ)」は、鷲とか鷹などの鳥に人や家畜がさらわれるような被害です。
「畜仆し(けものたおし)」は家で飼っている犬、馬、牛などを呪い殺すことです。
「蠱物為る罪(まじものせるつみ)」は、お呪(まじな)いによって正しいものを混乱させる罪です。

 以上が国つ罪で、近親相姦や獣姦や呪術などですが、その中心となるのは、私たちの心が神様から離れて堕落し、人倫の乱れが元となって起こるものです。これら家族生活を破滅するものだからです。


 このように神道においては共同体の存続を危うくする行為等を罪に挙げておりますが、キリスト教やイスラム教、仏教などのように、個人が守るべき戒律として伝承された罪行為についての詳細な規定はほとんどありません。戒律が生まれてくる背景には、人間は元来、罪人であり、そのような罪を犯す救いがたい存在であるという人間観が根底にあります。

 これに対して神道では、祖神が何れの神であれ、自らを神の生みの子と信じてきた事実が、その人間観の中核となっているのであります。私たち日本人は、天つ神の御霊を受けて生まれたものであって、本来清らかな存在であると見ているのです。その清らかな本体が、我欲我見の異心に覆われて本来の姿を見失っているがために、その異心を祓うのです。これが本来の日本人の信仰です。


引用書籍 あなたを幸せにする大祓詞 著:小野善一郎 青林堂
     ※一部抜粋して掲載させていただきました。詳しくは書籍でお読みください。



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2015年08月01日

光る玉

むかしむかし、ある町に、よくのふかい和尚さんがおったそうな。
ある日のこと、和尚さんが、檀家のおつとめにいったら、かえりがおそうなってしもうてな、かごにのってかえればいいもんを、そこがよくのふかい和尚さんのことじゃ。
お金がもったいないと、ひとりで夜道を、トコトコトコトコ、歩いて帰ってきたと。
 檀家でよばれたお酒が、ほろおろとまわってきて、はぁもう、ええ気持ちじゃ。
 そんで、代官橋までかえってくるとな、橋の手すりの上に、ピカリピカリ光るもんがある。 見れば、たいそう美しい玉じゃ。
 和尚さんは、よろこんでなぁ。
「こりゃぁ、けっこうなおさずけもんがあるわい。さっそく、いただいて、かえりましょう。」
 つかんで、ふところへ入れようとすると、光る玉ぁ、ころころころころっと転がって、ちょこんと、先のほうで止まった。
和尚さんは、
「これこれ、かってに、転がるでない。傷がつくわい。」
と、そばへいって、拾おうとした。するとな、玉ぁ、また、キラキラ光ながら、ころころころっと、先のほうへ転がっていく。転がっても、転がっても、よごれもせんで、美しゅう光っとる。和尚さんは、よけいにその玉がほしゅうなってな。
「こりゃ、まて。こりゃ、まて。」
と、いいいい、追いかけていくうちに、もらってきたお布施も、ご馳走の包みも大事なお数珠も、みんな落としてしもうてな、とうとう、もとの町ん中までもどってしまった。
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 町の衆は、和尚さんが、フーフーいいながら、追いかけとるのを見て、
「それ。みんなで、和尚さんを手つどうてやれ。」
と、わやわや、わやわや、和尚さんの後から、みんなして、光る玉ぁ追いかけたと。
 そのうちに、玉ぁ、町はずれの百姓家の庭へ、ころころころっと、転がり込んだかと思うと、ぴょいと、やぶれ障子の穴から、家の中へとびこんでしもうた。
「それ。」
と、みんなが中へ入ると、こりゃどうじゃ。百姓おやじがひとり、柱にもたれて、大きな口をぱっくり開けて、ねむっとったわい。
 玉ぁ、その口ん中へな、ひょこーんと、入ってしもうた。
「ありゃ、ありゃ。」
「こりゃまぁ、どうしたこっちゃい。」
和尚さんも、町の衆も、たまげてしもうた。
「これ、これ。おきさっしゃい。えい、これ、おきんかい。」
ときいた。
おやじぁ、目をぱちぱちさせてな、
「わしは、なにも食いはせん。いま、やっとのことで、家へもどってきたところですわい。ああ、しんど、しんど・・・。」
「なに?家へもどったところじゃと・・・。」
「へえ、わしゃ、用がありましてな、さっき代官橋までいきましたら、どこの人やらしれんが、いやもう、おそろしい人に追いかけられて、はあもう、にげて、にげて、やっといま、家にもどったところですわい。ほれ、胸が、このように、ドキドキしとりますがな・・・。」
 おやじのことばをきくと、町の衆は、なんやらひどくおかしゅうなってきてな、みんな、くすくす笑いだしたと。
「さては、和尚さんは、ここのおやじさんの、たましいをおいかけてござったんじゃ。」
「それにしても、和尚さんの足のはやいことのう。」
 和尚さんはな、もう、きまりがわるうて、あわててその百姓家をとびだすと、しょぼしょぼと家へかえりかけたと。
 そしてな、
「それにしても、百姓のたましいってものは、きれいなもんじゃなあ。」
と、つぶやいたそうな。



参考書籍 川崎大治民話集 日本のおばけ話 童心社
     ※参考図書を元に、文章を書いています。
     ※こちらのイラストは書籍の挿絵を参考に、オリジナルで作成しました。
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2015年07月01日

日本武尊の東征 やまとたけるのみことのとうせい( 日本神話 )

 日本武尊(やまとたけるのみこと)は、父君 景行天皇(けいこうてんのう)の仰せに従い、西の国の熊襲健(くまそたける)をはじめ天皇の命に従わぬ賊(あた)どもを討ち平らげ都へお帰りになりました。
 ところが、父君は、ねぎらいの言葉もそこそこに、東の国の荒ぶる者どもを平らげるようにお命じになりました。尊(みこと)は、都を立ち、伊勢の大御神の宮に御叔母 倭姫命(やまとひめのみこと)を訪ね、心の中をうちあけられました。
「わが父は、私に早く死ねとのお心なのでしょうか。西のかたの悪しき者どもを討って、帰ったばかりなのに、時も置かず、東の国の荒ぶる者どもを平らげよとのご命令なのです。」
 思い余った尊が、はらはらと涙を流すと、倭姫命は立派な剣(たち)と袋包みを与えて仰せられました。
「これは、伊勢の宮の大切な剣。この袋は、御身が危うくなった時に開けるがよい。」
 倭姫命の励ましの声をあとにして、尊は東国へ旅立たれました。

 尾張を過ぎ、山川の荒ぶる神、まつろわぬ者どもを平らげて相模の国にいでました時、その国の長が尊をあざむいて申すには、
「この近くの野に大きな沼があり、そこに住む悪しき神が、人々を苦しめています。」
 それを聞いた尊は、「どれ見とどけて、一気にほうむってくれよう。」と、后の弟橘姫(おとたちばなひめ)を伴って野中に進んで行かれました。国の長(おさ)は、「それ、焼き殺せ。」と部下に命じ、野の枯れ草に火を放ちました。火が迫ってきた時、尊は倭姫命の仰せを思い出して袋の口を開けてみると、中から火打ち石が出てきました。尊はまず剣を抜いて、あたりの草を薙ぎ払い、火打ち石を打って火を放ちました。これを「迎え火」といいます。
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 こうして尊は、だました者どもを斬り捨て焼き滅ぼしました。その時からこの剣を「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」と呼び、この地を「焼津」と呼ぶようになりました。

 そのあと尊は、安房(あわ)の国へ向かって走水の海を渡ろうとなさいました。ところが海の神が荒波を立てて進路を妨げます。船はくるくるとまわって、進むこともできません。その時、后の弟橘姫が進み出て申されるには、
「海の神が皇子のお命を求めているのでございましょう。私が代わって海に入り、神の怒りをしずめることにいたします。皇子はお役目をお果たしの上、つつがなく都へおもどりなさいませ。」
 姫は菅の畳八畳、皮の畳八畳、絹の畳八畳を波の上に敷いて、その上に飛びおりました。波の上の姫は、あの相模野の火の中で、我が身を気づかってくれた尊の情けを思って歌をお歌いになりました。

 さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも
( さねさし さがむのをのに もゆるひの ほなかにたちて といしきみはも )

姫の姿が海に消えると荒波はたちまち収まり、尊の船はとどこおりなく目的地に着くことができました。
 それから七日の後、姫の櫛が浜にうちあげれれました。尊はそれを拾い上げ小さなお墓をつくりました。
 尊は、東の国の賊どもをことごとく平らげたので、西へ向かわれました。足柄山の中腹で、目の下に広がる平野をご覧になった時、三度深いため息をついてお嘆きになりました。
「吾妻はや。(あづまはや)」(ああ我が妻よ)
 それ以来、そのあたりの国々を「あづま」と呼ぶようになりました。

 尊はそこから甲斐、信濃を経て近江の伊吹山においでになりました。その時突然、森の中から大きな白い猪が走り出しました。尊は、「これはきっと山の神の使いに違いない。討ち取るまでもなかろう。」と見逃してやりました。実はこの猪、山の神自身が化けたものだったのです。尊が油断していると見た山の神は、黒い雲を吹きかけ氷雨を降らせ、尊の行方をはばみました。山の神の妖気にあてられた尊は、重い病にかかり、能煩野(のぼの)という野へたどり着かれた時には、もう一歩も歩けません。故郷やまとを思い慕って尊は歌をお詠みになりました。

やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる やまとしうるは(わ)し

やまとは国中でもっともすばらしいところだ。重なり合う垣のような緑の山々にかこまれたやまとは、ほんとうに美しい、という意味です。
 ふり仰げば、高く重なる雲が見えます。尊は、またひとつ歌を詠まれました。

はしけやし 吾家(わがへ(え))の方よ 雲居たち来も

 おおなつかしい(はしけやし)。わが家(や)のほうから雲が立ちいでてくるよ。
 勇ましくも雅な尊は、こうしてこの世を去られました。亡骸を葬ったお墓に人々が涙をそそぐと、尊の魂が白い鳥になって飛び立ちました。人々は追い慕って走り続けましたが、白い鳥は高く高くのぼり、ついに姿を消してしまいました。

・「古事記」「日本書紀」なおどを基にして本書の編者がまとめられたたもだそうです。



参考書籍 英才を育てるための小学校国語副読本 (石井公一郎・萩野貞樹=編)
     ※参考図書を元に、文章を書いています。参考図書はこちらのお話は文字のみ。
     ※こちらのイラストはオリジナルでの作成です。
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2015年06月01日

野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや) ( 相撲のはじまり )

遠い、むかしのことです。 当麻蹴速(たいまのけはや)という、大男がいました。
「おれは日本一の力持ちだぞ。だれか、おれと力くらべをするものはいないか!」
蹴速は、そいういいながら、日本中をまわって歩きました。 でも、どこでも、相手になろうという人はいません。 そのはずです。 ものすごい大きなからだなのです。 鬼のようなこわい顔です。 手にも足にも針のような毛が生えています。
「あんな人と取っ組んだら、殺されてしまうよ。」
蹴速の姿を見ただけで、みんなふるえあがってしまいます。
「やっぱり、おれにかなうものはひとりもいないのか。」
蹴速は、ますますいばりだしました。 そして、力の強いのを見せてやろうと、いろいろなことをやるのです。
たんぼで働いている牛を捕まえて、角を折ってしまったこともあります。 げんこつで、馬をなぐり殺したこともあります。人の寝ている山小屋を、ひっくり返したこともあります。

 乱暴なことを、平気でやっている蹴速のうわさは、日本じゅうにひろがりました。 都の、大臣の耳にもはいりました。
「そうか。そんな男をそのままにしておくのはよくない。」
 心配した大臣は、そのことを天皇にお伝えしました。 すると、天皇も、たいへん心配なさいました。 そこで大臣は、いろいろな人に頼んで、蹴速よりも力の強い男をさがしてもらいました。 すると、野見宿禰という、おとなしくて、力の強い男のいることがわかりました。
「よし、それでは、当麻蹴速と野見宿禰と、どっちが強いか、力くらべをさせることにしよう。どんな方法がいいかな。」
大臣はいろいろ考えました。
「そうだ、ふたりに、すもうをとらせることにしよう。」
大臣は、そうきめました。天皇に申し上げると、天皇も賛成してくださいました。 さっそく、ご殿のお庭に、ふたりのたたかう場所がつくられました。

 いよいよ、たたかいの日です。 ふたりを見ると、なるほどどっちもものすごい大男です。 どっちが強いのか、だれにも見当がつきません。 白い長いひげの老人が、行事になりました。
 ふたりの大男は、にらみあいました。 かけ声といっしょに、立ちあがりました。 がっぷりと組ました。 見ている人たちも力がはいって、手に汗をにぎっています。

 土俵のふたりは、組み合ったまま、すこしも動きません。 いいえ、どっちも、ありったけの力を出していることが、赤くなった顔の色でわかります。 あらしのような鼻息でもわかります。 そして、どっちのからだからも、汗がぼたぼたと流れ出しました。

 そのまま、長い時間が続きました。
「うーん。」
ふと、どっちかの声がしました。 苦しそうなうなり声でした。
「あ、それまで!」
 行事が叫びました。 そして、あわてて、ふたりをはなそうとしました。
「え、どうしてだろう。」
まわりの人には、わけがわかりません。
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野見宿禰がぱっと手を放しました。 とたんに、みんなは「あっ」と、おどろきました。 当麻蹴速のからだが、どたりと、ころがり落ちたのです。 そして、そのまま動きません。

 それは、野見宿禰の力が、あまりも強かったのです。 しめつけられた当麻蹴速のからだの骨が、くだけてしまったのでした。
 このときのすもうが、日本のすもうのはじめとなりました。




「たつの」はじまり 相撲の神様、野見宿禰(ひょうご歴史ステーション)
野見宿禰神社(Wikipedia)
野見宿禰墓(ひょうご伝説紀行ステーション)
当麻蹴速(Wikipedia)
當麻蹶速塚 - 葛城市公式webサイト
日本相撲協会公式サイト
相撲(Wikipedia)
土俵(Wikipedia

参考書籍 ママお話聞かせて-夏の巻
     ※参考図書を元に、文章を書いています。

画 ひよこ  ※参考図書の掲載画を元に、イラストを描かせていただきました。
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